こんばんは。
皆さんはこの言葉は知っていますでしょうか?
「受けた恩は石に刻め、かけた情けは水に流せ」
あまり聞きなじみがない方もいらっしゃるのではないでしょうか?
この言葉は書いて字のごとくですが、他者にしてもらった恩は生涯忘れず、自分が誰かに行った親切は見返りを求めず水に流して忘れるべきというものです。
最近この心を持っている人がとても少ないのではないかと思ってしまいました。もちろん自分も含めてではありますが。
皆さんはご経験はないでしょうか?
友達に誕生日プレゼントを渡したはいいものの、定型文みたいな汎用の高い言葉で感謝されるのみで、交友関係が良くなるであったりお返しが無かったりという経験は。
これはプレゼントをもらった友人が薄情ではないのかと目が向きがちですが、プレゼントを渡した本人にも向けるべきところがありお互いにいえることがあります。
それが先程の言葉に繋がるのです。
渡されたほうは重く受け止めろというわけではないですが、”受けた恩は石に刻め”とのごとく、それをされることが当たり前と思うのではなく、しっかりと感謝をして心に刻み込むことは大切だと思うのです。
反対に渡した本人は、無意識に見返りを求めるのではなく、”かけた情けは水に流せ”のように、自分のためにはならないが、相手にちょっとでも気にかけてもらえたらそれでいいかという気持ちでいるのがいいのだと思います。
今の人はというわけではありませんが、割とこの言葉とは反対のことをしていることが多いと改めて再認識しました。
かけた情けはその人を縛るかのようにいつまでも根に持ち、受けられた恩はすぐに忘れてしまう。
こんな人って私は、恩を受けられことを当たり前だと思い、かけた情けが恩恵として帰ってくることが当たり前だという傲慢な人なのだと思います。
「受けた恩は石に刻め、かけた情けは水に流せ」
どちらもすごく大事な事ではありますが、なかなかこの心持というのは難しくあります。
人に気にかけてもらえるということが当たり前になっている世の中で、受けられたことを当たり前と思わず感謝するという心、自分には返ってこないけどそれでもしてあげる気持ち。
そんな気持ちを意識づけてしていきたいなと思いました。
当たり前に思っていることは実はすごく恵まれているということ。
自分の食べたいものが食べることができる、自分の気持ちが休まる場所でゆっくり過ごすことができる、スマホでダラダラと動画を見たりSNSを見たりできる。
普通の人から見ればそんなこと当たり前じゃんと思います。
しかし、貧困な人、病気の人、災害にあってしまった人から見ればこの当たり前もすがるような気持ちでしたいことになります。
特別なことではないですが、それでも当たり前に不自由なく暮らすことができる。
当たり前のことができるということにありがたいという気持ちになるということを忘れずに持っていきたいです。
そうすることを習慣にすることで、人から受けられた恩もありがたく感謝することができるのかなと思います。